ニュース&トピックス
  • 楽しく学びながら学力アップ
  • 社会で活きる力を養う最先端教育
  • 自分の可能性を発見するキャリアデザイン
  • 頑張りを応援する教育環境
  • 個性が輝く部活動・校外活動
  • 英数科
  • 普通科
  • 情報ビジネス科
  • 年間行事
  • 部活動紹介
  • 施設・制服紹介
  • 在校生の声
  • 卒業生の声
  • 保護者様の声
  • 鹿高公式フェイスブック
  • 学校発行誌

これまでの卒業生数68,000人以上。鹿児島市総人口の約10分の1に相当する多くの卒業生達は、現在も色とりどりの輝く春を過ごしています。

受験勉強では1年生の頃から教科担任の先生に添削指導を行ってもらったり、二次試験に向けた対策を行っていました。3年間お世話になった向原先生には、勉強面だけでなく、生活面でも相談にのってもらい、卒業後も何かと気にかけて頂くなど、生徒1人1人をずっと大切に思ってくださることに感動。また遊びに伺いますね!

鹿高での3年間は勉強や生徒会活動に部活動と忙しくも充実した毎日でした。商業部ではいくつかの資格を取得し、大学生となった今でもその時の学びが役立っています。先生方には悩み相談にのってもらったことも多々あり、その都度、的確なアドバイスをしてくださり、まさに道標のような存在。いつもアットホームな鹿高は第二の家族のような存在です。

鹿高は、多様な個性を持った生徒たちを受け入れ、それぞれの長所を伸び伸びと育ててくれる大らかな学校。部活動では失敗からどう学ぶべきかということも学びました。また、自然科学部での討論大会で、様々な考えの人達に向け根拠を持って自分の考えを述べる体験ができたことは、間違いなく今の仕事に役立っています。

英数科や普通科、情報ビジネス科と鹿高には様々な夢や目標を持った生徒が集まり、その数は鹿児島トップクラス。だからこそ、先生方は学科に関係なく生徒1人1人の夢を大切にし、サポートしてくださいます。自分が教員になって、高校時代の担任の先生のお子さんを教える機会があり、その時はさすがに感慨深かったですね。

進路相談の時に銀行を薦めてくれたのが当時の担任の先生でした。上司や先輩にも恵まれ、今年で入行9年目。一生モノの出会いもあり、先生には感謝の気持ちでいっぱいです。当時の仲間や先生とは現在も交流があり、仲間とは年1回は旅行に行くほど。高校の3年間だけでなく、その先もずっと付き合える仲間や先生との出会いが待っていますよ。

全面人工芝のグラウンドや広くきれいな校舎。そして、在校生の多様さ。鹿高での3年間は刺激も多く充実した毎日でした。先生方も優しく、就職試験に向けた面接練習も実にたくさんの先生に指導していただきました。在学中に取得した電卓などの検定は現在も役に立っており、今の自分があるのもあの3年間があったからこそだと、強く実感しています。

鹿高は公立高校と違い、先生方の異動がほとんどないため、卒業後も母校に顔を出せば恩師が笑顔で迎えてくれます。同級生だけでなく、先生方ともずっと繋がりを持てるのは嬉しいですよね。担任の先生の結婚式で歌を歌ったり、仲間との思い出と同じくらい先生方との思い出も楽しいものばかりです。

たくさんの友人や先生方に出会うことができた鹿高での3年間。文系クラスだった私がどうしても看護師になりたいと先生方に相談した時も、全力でサポートしていただきました。昨年はワーキングホリデー制度を使いオーストラリアで、語学研修と新しい資格取得にも挑戦しました。鹿高への入学が私の人生の大きな転換期です。

全校生徒150人の中学校から全校生徒3000人という鹿高に進学した私は、初めはスケールの大きさや価値観の多様さに驚かされる毎日でした。人生で一番多感な時期に多くの人と関わり、様々な考え方に触れる経験は、鹿高だからこそできたことではないでしょうか。大きく視野が広がり、社会に出てからの人との関わり方を学ぶことができました。また、在学中に三弧会会長を務めたことが現在の垂水市教育委員会での仕事にも大いに活かされているんですよ。若い内から人前に出て話す経験をたくさん積めたことで、現在も様々な場面で自分の思いや考えをしっかりと伝えることができているなと感じます。垂水市では2020年の燃ゆる感動かごしま国体でフェンシングを正式種目として開催するので、フェンシング部の皆さんには大いに頑張っていただきたいですね。鹿高の先輩として、鹿高生の皆さんが活躍できる環境を整えていけるよう、国体の仕事に取り組んでいきます!

進学に向けてしっかりとした環境で学びたかった私は、朝課外や放課後の補習などが充実していた鹿高に強く興味を持ちました。奨学生に選んでもらえたことで、家庭の経済的な負担を軽くできたことも大きかったです。実際に入学してみて、カリキュラムが充実していたことに加え、静かな学習環境が整っていたのも本当に有難かったですね。より効率良く勉強に集中することができました。スキマ時間の活用などもその一つ。こうして勉強に取り組んでいたおかげで、社会に出た今でも仕事内容に応じて柔軟な対応ができていると感じます。鹿高での学習を通じて、学習・習得のコツを身につけることができたのではないでしょうか。また、放課後に英語の長文暗記を先生と一緒にしたりなど、先生方との思い出もたくさんあります。大学進学後の教育実習でも大変お世話になりました。鹿高の先生方のように、私も教員として生徒たちに寄り添い、一緒に成長していけるよう頑張りたいです。

勉強も部活動も全力で取り組みたいと思い、鹿高に入学しました。朝補習から放課後課外まで、バラエティ豊かな授業を受けることができましたし、充実した環境で部活動に取り組むこともできました。かけがえのない恩師と仲間、そして卒業後は多くの鹿高OBに出逢うことができ、この出会いは一生の宝です!

鹿高で陸上部のマネージャーとして活動したことが、管理・運営などの面で今の仕事にたくさん活かされています。卒業後、業務で鹿高とお付き合いをさせていただいているので、学びを還元できるのは嬉しいことですね。在学当時、鹿高の先生方は「○○大学合格!」ということ以上に、生徒1人1人に合った進路に導いてくれました。そんな先生方と、笑顔が絶えない仲間に恵まれた私の鹿高での3年間はかけがえのない宝物です。鹿高生でよかった!

バドミントン強豪校でプレーしたいと思い、入学した鹿高。部活動を頑張る一方、情報ビジネス科では簿記やタイピング、電卓など、現在の業務に直結する技術や知識を数多く学ぶことができました。そのおかげで、入社後はスムーズに仕事に慣れることができたと思います。また、会社には鹿高の卒業生が数多く在籍しており、新たな繋がりを築けたことは私の大きな財産です。これからも様々な面で鹿高との繋がりを大切にしていきたいですね。

部活動に熱心に取り組んだ高校生活。高校総体の時に全校応援に来てもらい、とても感動したことを今でも覚えています。挨拶や礼儀作法など、社会に出る上で大切なことを、部活動や日頃の学校生活で多く学びました。それは現在の仕事でも活かされています。鹿高の先生方の熱心な指導のおかげで多種目の資格を取得できたことも大きな強みになりました。どんな時でも私の努力を応援してくれた鹿高にはとても感謝しています。

国公立大学への進学を目標として鹿高に入学しました。鹿高には、集中して勉強ができる環境が整っている「特進コース」があり、少人数制のクラスで同じ目標をもった仲間と切磋琢磨しながら学ぶことができました。朝の課外授業から放課後まで、先生方がつきっきりで指導していただき、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。卒業後でも、鹿高を訪れた際にお世話になった先生方のもとへ立ち寄ると、温かく迎えてくれます。鹿高で過ごした日々は、勉強する毎日でしたが、同じ目標を持って夢を掴んだ仲間や今でも生徒のように接してくれる先生方と出会えたことは、一生の宝物です。高校生活の3年間なんてあっという間です。今の時間を大切にしながら、目標に向かって頑張ってください。

入学当初、部活動と勉強の両立に苦労している私の姿を見た担任の先生は、見通しをもって、段取りよく物事を進めることができるように1日のスケジュールを作って指導をしてくださいました。そのおかげで有効に時間を使う力が身に付き、部活動と勉強の両立を実現することができました。また、部活動を通して様々な人の立場に立って考えられるようになり、人が嫌がる仕事も率先して行うことができるようになりました。「今やりたいこと」と「今やらなければならないこと」の両立で苦労することもありましたが、鹿高で学んだ自学の方法と自らを律する「克己」の精神で、教員採用試験に合格することができました。先生方から教えていただいたことを活かし、子どもたちの指導にあたっていきたいと思っています。

小学校の頃から芸能活動をしていた私は、中学時に女優を夢みて社会人劇団に入団。高校へ進学する際には、演技のスキルアップができて夢を実現できる高校を探していたところ、鹿高の演劇部に魅力を感じ入学を決めました。高校生活は、3年間同じ担任の先生だったということもあり、私のちょっとした変化に気付いてくださり、たくさん話をしたり、アドバイスをいただいたりしました。いっぱい笑い、いっぱい泣いて、迷惑や心配をかけましたが、演劇部では11年ぶりとなる全国大会へ出場するなど、いい思い出がたくさんできました。卒業した今でも、鹿高に帰ると先生方が温かく迎えてくれて、まるで家族のようです。

鹿高の硬式野球部に所属していた兄に憧れて入学を決めました。小さい頃から兄の野球の試合を応援に行き、その際、当時の先生方によくしてもらっていたのでとてもいい印象でした。鹿高は、生徒数が多いこともあって、たくさんの友達ができるので、卒業後も旅行に行った先々で同郷の友達に会えるのは、楽しみの一つになっています。また、長い歴史を持つ鹿高は卒業生も多く、仕事やプライベート問わず多くの先輩方との出会いがあり、可愛がっていただけます。就職などで進路を探す時は、先輩方のつながりで選択肢も広がりますし、卒業した今でも先輩方がアドバイスなどサポートをしてくれたりと、これも鹿高の伝統の一つと実感しています。

高校を卒業したら就職して、いち早く自立した大人になりたいと思い、多くの資格が取得でき、就職実績のある鹿高に進学することを決めました。鹿高では、挨拶や礼儀の指導が徹底しているため、接客業に携わる今、その指導がとても役に立ち、仕事がスムーズにできています。その他にも、検定試験対策や面接指導などのキャリア教育も充実しているので、鹿高を卒業する頃にはどこに行っても活躍できると自信を持てます。そして、伝統校である鹿高ということもあり、卒業後は多くの卒業生に可愛がっていただき、多くのことを学ばせていただく機会も豊富。卒業した今でも、鹿高で学んで良かったと思える日々を過ごしています。

鹿高には、優しくおもしろい生徒想いの先生方ばかりが揃っています。就職活動の際は、親身になって相談に乗っていただいたり、職場となる企業を実際に一緒に見に行っていただいたり、試験前になると放課後に面接練習を熱心に指導していただいたりと多方面で支えていただきました。苦手だった情報処理の学習も分かるまで教えていただいたお陰で、今の仕事に役立っています。学校生活でも、クラスマッチや京都・東京を巡った修学旅行など、たくさんのいい思い出ばかりです。鹿高は、生徒1人1人に寄り添い、夢実現のために、しっかりサポートしてくださいます。楽しい思い出だけでなく、しっかりとした進路へ導いてくれる学校です。

鹿高に入学してすぐ、先生から「東大を目指してみないか?」と言われ、当時の英数科は部活動が禁止されていたこともあり、3年間猛勉強の日々でした。その頑張りもあって、3年間を通して成績が1番で、2年次にはセンター試験の英語が自己採点で満点を獲得。大学受験は東京大学(理Ⅱ)や慶應大学(理工)に合格しましたが、色々な事を考慮して防衛医科大学に進学しました。人生において勉強する期間は大事なので、高校ではひたすら勉強することをオススメします。鹿高は、目標達成のために学校内外でサポートしていただけるので、目標を見失わず必ず達成するんだという気持ちを持って頑張ってください。

高いレベルで部活動と勉強を両立させたいという思いで鹿高に進学しました。いざ入学してみると、文武両道は思った以上に厳しく、成績も伸び悩む状況でした。時間を見つけて自習をしていると、先生が声を掛けてくださり、手厚いサポートをしていただけたので卒業時には志望校に合格することができました。鹿高で学んだ「粘りは実りに変わる」ということを実感できたことで、競争率が数百倍といわれるアナウンサー試験にも諦めずに挑み、夢を叶えることができました。鹿高での3年間は、私の人生において掛け替えのない宝物になったと心から思っています。

薩摩川内市の実家から、電車で片道約1時間30分かけて通学していた私は、朝6時に家を出て、帰りは21時を過ぎるハードな毎日でした。しかし、それ以上に大好きな学校に通学できる喜びの方が大きかったです。鹿高には、色んな地方からたくさんの生徒が集まるので多くの友達に囲まれ、熱く優しい先生方に指導していただけて成長できる環境があります。部活動では、陸上競技を通して継続することの大切さを学び、現在も県下一周駅伝に出場しています。また、鹿高の校訓である「克己・謙虚・礼節」を軸とした学びで、役場の職員として様々な方と接することが多い私の社会で生きる自信になりました。

限られた高校生活を確実な将来に繋げるために、朝補習など積極的に取り組み、自己研鑽に励みました。鹿高は、学習をサポートするプログラムが充実しています。また、先生方も熱心に1人1人と向き合い指導してくださるので、限られた時間を有意義に使うことができ、効率よく学ぶことができます。目標に向かって努力を重ね続ける日々を送れたのも、先生方のサポートがあったからこそ。卒業した今でも、友達と鹿高を訪れ、お世話になった先生方に近況報告をしています。高校時代に出逢った人とは一生の付き合いになると聞きましたが、今それを実感しています。

高校を卒業したら、すぐに社会に出て仕事をしたいと思い、資格と就職のどちらも手に出来る鹿高に入学を決めました。入学して初めの頃、商業の授業は慣れず苦手でしたが、困っているとすぐに先生が声を掛けてきてくれて、安心したことを覚えています。また、授業の前に何をするのか教えてくれてスムーズに授業に入れるようになりました。3年次の夏休みから、面接練習などの就職試験対策でも徹底的に指導していただき、私のために調べ物までしていただきました。こんなに手厚く支えていただいたおかげで、今は夢だった仕事にも就くことができ、先生方に感謝するばかりです。

鹿高は鹿児島県内でも、有数のマンモス校だけあって社会で活躍する卒業生がたくさんいます。今、大分のJR九州で働いていますが、ここでも鹿高の卒業生に出逢いました。鹿高を知る先輩が、色々な経験を教えてくれて仕事もプライベートも充実しています。また、挨拶や礼儀作法を大切にする鹿高で育ったので、社会に出ても自然と挨拶ができ、人間関係を築く第一歩がしっかりできています。鹿高は、資格やビジネスについての勉強だけでなく、人間力もきちんと育ててくれる学校です。鹿高で過ごす1日1日を大切にして、目標に向かって頑張ってください。

私にとっての鹿高は青春そのものでした。モデルをやっている子や、タレント活動をやっている子など、とにかく強烈な個性が集まっていて、毎日がイベント!私も小2から続けてきたバレエを生業にすることを決めていて、鹿高の先生方も応援してくれていましたね。しかし、バレエと学業の両立が辛くなり「バレエやめようかな」と先生に泣きついたことも。そんな時、先生は吹っ切れるまで泣かせてくれて、夢を追いかけるよう励ましてくれました。それからは迷うことなくバレリーナを目指し、現在はロシア国立ノボシビルスクバレエ学校の2年生。今後、ロシアの国立バレエ団に入団することが決まっています。私が世界で活躍するバレリーナになった時、最初の公演は鹿高の先生方を招待するつもり。楽しみに待ってて下さいね、先生!

私は鹿高を卒業後、鹿児島大学に入学し、福岡の建設会社に3年務めた後、実家の看板会社を継ぎました。社長に就任したのは2年前で、社長に就任して様々な経営者と関わる機会が増え、鹿高の卒業生ということでとても可愛がってもらっています。実は、鹿高の卒業生には有名企業の社長など、ビジネス界で活躍している方が多いのです。同級生にも経営者として頑張っている友達が多くいるのですが、お互いに刺激し合いながら、切磋琢磨しながら、成長を重ねています。これからの夢は会社を「日本一の看板屋」に成長させること。「意志あれば道あり」。何が何でもやり遂げるという明確な目標と強い鹿高魂で必ず実現します。

現在、獣医師としてペットクリニック&サロンを経営する私ですが、実は、この仕事に出逢えたのは鹿高のおかげなのです。高校3年の進路指導の面談で担任の先生に「動物に関わる仕事ができたらいいな」と伝えたところ、動物に関わる様々な仕事の情報を入手し、提供してくれ、その膨大な中から私の性格や仕事の将来性などを総合的に見て「獣医師とかどうだ?」と勧めてくれたのがきっかけでした。それから私の夢が固まると、今度は獣医師になるための大学を探してきてくれたり、大学生の生の声を聞くためにランチの場をセッティングしてくれたりと、まさに二人三脚の進路指導をして下さいました。おかげで私は大学にも推薦で入学でき、獣医師の夢を実現し、開業もでき、現在は念願の新医院も開設できました。竣工したばかりの新医院では、クリニックとしてはもちろんですが、動物と飼い主様が喜ぶサロンとしても機能できるようドッグランや酸素カプセルなども整備しました。今度はこの場所で、高校時代に先生に見つけてもらったこの夢をさらに昇華させていきたいですね。

高校時代、ダイエットで体を壊したことがキッカケで栄養教諭を目指すように。無理な食生活をしていて担任の先生にとても怒られたこと、食事がいかに大切か話してくれたことが、今の職業につながっています。現在は栄養教諭の資格も取得し、食について指導する立場になりました。子ども達の「美味しい!」の言葉と笑顔を見るのが楽しみな毎日です。

鹿高の思い出は、毎朝1時間かかった自転車通学や、夜遅くまでの受験指導。とても大変な日々でしたが、その頑張りが現在の仕事で活きています。レギュラー番組で母校を紹介した時はとても感慨深かったです。昨年はAMU広場で高校生が集合するイベントを開催。今後も学生を紹介する番組を作って、鹿高を沢山の人に知ってもらいたいですね。

鹿高で印象に残っているのは、先輩たちが残した試験対策と進路実績の多さ。高3の夏、突然進路変更を希望した私が、看護という新たな道を見つけられたのも、先輩方の多彩な進路実績があったからです。おかげで現在は看護師として福岡で働いています。人生を変える進路変更にも柔軟に対応して、その道に進むための指導をしてくれた鹿高に感謝です。

私は尊敬する陸上部の監督がいる鹿高に入学するため、親の反対を押し切って入学しました。高校生活ではインターハイ出場が一番の思い出。試合の翌日に友達や先生達から声を掛けてもらった事は、今でも忘れません。大学卒業後は鹿児島に戻ってきて、夢だった百貨店人に。鹿高の先生や友達が買い物に来てくれるのが、今一番の楽しみです。

鹿高のイメージとして強いのは、やはり「生徒がやりたいことを全力で応援してくれる風土」ですね。修学旅行でドラマ撮影をして鹿高祭で上映したり、大学見学に行くために先生とドライブしたり…とにかく私の自主性を応援して頂きました。現在、縁あって母校の修学旅行を企画させてもらっていますが、仕事で恩返しできたら嬉しいです。

鹿高を卒業してから実感したのが、周囲に鹿高出身者が多いこと。現在の職場にも上司、先輩、後輩に鹿高出身者がいて、心強いですね。また、様々な会合や、食事、結婚式などで、よく鹿高の先生方とも顔を合わせる機会も多く、自然と笑顔になれるのです。私にとって、いつも鹿高に見守られているという安心感は何物にも代え難い財産です。

私は、鹿高に入学したおかげで、とても多くの友達をつくることが出来ました。伝統校やマンモス校ということもありますし、在学中に仲間の絆が出来やすいイベントが多く催されることもあって、現在でも1000人以上の鹿高出身者と仲良くさせてもらっています。もちろん、先生方とも月1回は食事に行くほど、今でも仲良しです。

  • 資料請求はこちらから
  • 体験入学のご案内
  • 進学実績
  • 就職実績
  • 青春フォトギャラリー
  • 今月の1530分の1
  • 鹿高ザ・ベストテン
  • 青春白書theMOVIE
  • 鹿高de脳トレ
  • 鹿児島県私立中・高フェア